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母38、俺13の夏

もう20年前になる。
父親は俺が物心つく前には離婚していて居なかった。
あれは多分俺が6年生だったか?
まだ皮を被ったチンポの亀頭がかぶれて薬を塗ってもらったんだ。

病院では皮を剥かれる時の痛みしか無かったが母に毎日薬を塗られるのはさすがに恥かしかった。
剥かれる痛みと痒痛感が無くなるとともに困った事がおきた。
実は既に自慰を覚えていた俺は、母の柔らかい指が優しく亀頭を洗い薬を塗ってくれる刺激に耐えられず激しく勃起してしまうのだ。
恥かしくて自分でできるからと言うと、母は笑って

「大丈夫!男の子は誰でもここを触られると大きくなるんだから!自分でなんか痒くなくなったら絶対塗らないんだから!」

と許してくれず。
その日も俺にお湯を入れた洗面器を持たせ母が皮を剥く前からパンツを下げられる時に

「ブルン!」

と跳ね上がる程に激しく勃起していたのだ。

「もういいよ!もういい!」

と母の手を払おうとしたのだが既に遅く 自慰の数倍もの快感とともに射精!
痙攣しながらいつまでも精子を吐き出す俺のチンポを、いつのまにか母は無言無表情で濡れタオルで包み前後に刺激していて俺の射精の快感を助けていた。

母は俺のその瞬間を直前に感じとり素早く準備してくれたのだ。
大量の精液を包み取り笑って

「いっぱい出たねえ。」

と言いながらタオルを濯ぐ母の白い胸の谷間が眩しかった。
薬を塗り皮を戻しながら母は

「二人だけのナイショにしようね。そしたら明日も塗ってあげるからね。」

と擦れ声で独り言のように呟いて俺のパンツを上げたのだった。

既に赤みはとれ痒痛感もなくなっていたが暫く俺は

「まだ痒い。」

と言って母の指をせがんだ。
密かに自分でも抜いてはいたが、どうみても性的刺激としか思えない母の指がもたらす快感には到底及びもつかなかったのだ。

さすがに2週間ほどで後は自分で塗るように言われ、数日は母の指を想像しての自慰で我慢したがダメだった。
甘えて

「ねえ~お母さん、またチンチン痒いよお~。」

と言ってみた。
その日は滅多にない事に少し酔っていた母は意外にあっさりと

「薬、持っといで。」

と言い、俺のパジャマとパンツを怒ったかの様に荒々しく脱がせるとピクン、ピクンと脈打つチンポの皮を剥き

「やっぱり治ってるじゃない!アレして欲しいだけなんでしょ?」

と言ったかと思うと、俺の手を引っ張り布団に寝かせ明かりを消し自分も全裸になると俺に跨って囁くようにこう言った。

「おまえ、最近お母さんのパンツにアレ出してるでしょ、洗濯機の下の方に隠してるみたいだけどお母さん知ってるんだから。」

俺のチンポを摘んだ。

「もうしないって約束したらオチンチンの本当の使い方教えてあげるけど、どうする?」

亀頭を捏ねられて露が出た。
俺が

「うん。」

とうなずくと、すぐに母は腰を沈めてきた。
母のその中は熱く柔らかで例えようの無い心地良さだった。
母が帰って来る少しまえに自慰で抜いていたのに一分ともたなかった。
激しく腰を使われ母の陰毛が下腹部に擦りすけられるのを感じたとき、恋しかった母の指すら色褪せる程の快感をともなって熱いものがチンポを通って行った。
呻きながら何度もなんども腰を突き上げて痙攣する俺。
収まると俺の物を入れたままゆっくりと腰を前後させながら胸を合わせてきて

「気持ちよかったよね。今日ね、お母さんね一志の為にいいもの体に入れてきたよ。一志が大人になるまでお母さんが毎日だってしてあげるんだから勉強をちゃんとするんだよ。」

また勃起した俺に笑って

「すごいんだねえ~。若いって。」

そう言って腰を今度は上下に使い俺の精液と母の愛液とが捏ねりあう音が、今度は十分程古い市営団地の狭い一室で密かに聞こえていた。
まるで夫の様に毎日激しく母を抱き母をイカせる喜びを覚えた俺だが、中学2年位の時、彼女ができsexも直ぐにしたが、母の熟練したテクニックには到底及ばず別れ、次も、その次も。

とうとう高校卒業する頃まで母が彼女だった。
来年子どもが生まれる今も女房とのsexで果てる時 母との初めてのあの暗い部屋での出来事を思い出すのだ。

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